2006年02月04日

チッタへ捧ぐ 

今日は、愛猫チッタのことを書きます。
4年前の夏に亡くなった、私の大事な大事なチッタです。

チッタのことは、極力、ブログで触れることは避けてきました。
チッタとの思い出も、自分の過ちも
すべて、自分のなかにだけ しまっておきたかったから。

でも、りょっぺさんの『愛犬コロへ。』 を読んで、私の考えは変わりました。


チッタとのあの日々を、私の胸のなかだけでなく
言葉にしてきちんと残しておきたい、そう思ったのです。
チッタがこの世に生きていたのだという証と、
自分自身への戒めのために。

こう思えたのも、りょっぺさんのおかげ…感謝します。



面と向かってチッタのことを話すのは、やはり苦痛ですが、
でも、こうして文字にすることなら、できそうです。



私がこれから書くことは、決して美しい話などではないし、
むしろ、酷い話だと思います。

ブログに載せるかどうかは、とても悩みました。
苦しんで亡くなったチッタを、見世物にするような気がして。

本当につらかったら、こんなことがブログに書けるはずがない、
そう思う人もいるかもしれません。


でも、 私は書きます。
チッタへのたくさんの想い、たくさんの悔いが、
最後まで読んでもらえることを、強く 願いながら。





chitta.JPG


今から8年ほど前のこと。
私は初めての独り暮らしを機に、職場の上司から2頭の猫を譲り受けた。
名前は「ぶー」と「チッタ」。
ぶーはシルバーの混じった白いチンチラ、チッタは真っ黒な日本猫。
どちらも女の子。年齢はよくわからない。
上司がこの子たちの年齢を知らないので確認の仕様がないが、
多分、体の大きさなどから見て、もらった時点で2〜3歳くらいではなかったかと思う。

幼い頃から念願だった、猫のいる生活。
猫を飼うのも、これが初めてのことだった。


ぶーは至ってマイペース。
新居に馴染むのも早く、我が家に来て早々 部屋中を興味深そうに歩き回り、
最初からえさも普通に食べた。
一方チッタはとても用心深く怖がりで、
来たばかりの当初は私が寝静まるまでトイレの影にずっと身を潜め、
暗がりの中をそろりそろりと出てきては、えさを少しずつ食べていた。

無駄にちょっかいを出すようなことは敢えてせず、
独りで暮らしていたときと、なんら変わらず自然に振舞っていると、
チッタの警戒心はすぐに解け始めた。
気づけばチッタはすっかり我が家に落ち着き、
私のひざの上でからだを丸くして眠るのがお決まりとなった。

トイレの一室の隅っこは、依然としてチッタのお気に入りらしく、
そこはいざというときの逃げ場でもあった。
誰かがきたり、お風呂にいれてやろうとすると必ずそこへ隠れるし、
私がでかけるときも、病院へ連れて行かれるのではないかとトイレへ身を隠す。

chitta2.JPG

スマートなぶーに比べ、チッタはお腹の肉がたれ、
走ったりすると、そのお腹が左右にぶるんぶるんと揺れる。
体重もやや重かったが、それでもチッタは健康そのもので
夜中などにはよく猫ダッシュを披露してくれたし、
黄色い猫じゃらしのおもちゃが大好きで、
口にくわえては、テコテコと歩み寄り、
「遊んでくれ」と言わんばかりに、甘えるような鼻声をだして
よく私にせがみにきた。


チッタは、私をまじまじとみつめることがよくあった。
まあるい大きな二つの目で私の顔をじーっとのぞきこみ、
頭突きでもするかのように頭をコツンとぶつけてくる。
チッタ特有の甘え方なのだ。
私はいつも身をかがめて、おでこでそれを受けとめてやる。

「ハイ、ごっつんこ…」

chitta3.JPG

ごっつんこは、私とチッタの、親愛の情を示す挨拶となっていた。


ツヤツヤの黒毛に長いしっぽ。まあるい大きな目。
かわいくてかわいくて仕方がなかった。
大事な大事な家族だった。
我が子のように。



そんなチッタが、
我が家へきて約4年後、
糖尿病を患い、
旅行に連れて行ったことが引き金となり、亡くなった。


旅行先の長野で、チッタは様子が急変した。
飲んだ水をすべて吐き出し、ぐったりと横たわり身動き一つしない。
現地の病院を急いで探し出し、診てもらったところ
ただの脱水症状だといわれ、点滴を打ってもらった。
これで良くなるとホッとし、そのまま家路にむかったが、
自宅に帰り着いてもチッタの具合はまったく改善する気配がなく、
かかりつけの病院へ急いで電話し、急患で診てもらった。
こんなにぐったりしているのはやはりおかしい、と医師の言葉。
尿をしぼりとり、検査すると、
「ケトン」という糖尿病末期の物質が検出された。

チッタが糖尿病を患っていたという事実を、私はこのときになって初めて知ったのだった。
ぶーは血尿をだしたことがあり、定期的に尿検査を受けさせていたが
チッタの尿はまだ一度も調べたことがなかった。
なんという救い難い、愚かな過ちであろうか。
しばしば体調を崩すことのあったぶーにばかり注意をはらい、
チッタは元気だから大丈夫なのだと、私は勝手にそう思い込んでいたのだ。

今思えば、この頃のチッタはどう見ても病的に痩せていた。
当時の写真を見るのもつらい。
どうしてこんな明らかな異変に気づくことができなかったのか。
そう自問自答するたびに、あのときの会話が頭によみがえる。


「この子はもうちょっと痩せさせないと駄目ですよ。」
以前、ワクチンを受けに行った際、ある医師が私に言った。

「でも、それほど食べていないはずなんですけど…」

「W/d(肥満防止の処方食)をあげてるんですよねぇ。
 おなじ食事でぶーちゃんは前回より痩せています。
 それなのにチッタちゃんは体重が増えています。
     飼い主さんの知らない間に食べているんですよ」


私は、この医師の言葉を、ただ単純に鵜呑みした。
チッタの健康状態をそれ以上なんら調べることもなく、
「痩せなきゃ駄目だ」というその言葉だけを信じ、それをチッタに求めた。


我が子の病変に気づけないまま、
私は抱っこするたびに軽くなっていくチッタを、
まったく疑問にも思わず、
「痩せてよかったねぇ」などと愚言を吐き、喜んでいたのだ。



夏がやってきた。
例年にないほどの暑い夏が。



糖尿病がチッタの体を少しずつ蝕んでいたなど、露とも知らぬ私は、
当時、同棲中だった夫との旅行に、ぶーとチッタを連れて行った。

自分の目の届かぬペットホテルに、不安を残して我が子を預けるよりも、
ペットと宿泊できるペンションへ 一緒に連れて行くことを、私は選んだ。

外は真夏の猛暑、8月。
環境の変化を最も怖がるチッタを、遥々長野まで…



私のこの判断は、まったくの誤りだった。



臆病なチッタは、宿泊先の見知らぬ部屋を恐れるあまり、
えさをほとんど食べず、
移動中の猛暑で体内の水分はひどく奪われ、
挙句の果てに、脱水症状に陥った。
この脱水症状により、チッタの糖尿病が極度に悪化してしまったに違いない。


長野の動物病院を公衆電話の電話帳で必死に探し当て、
病院へと駆け込んだ。
私の腕の中で、力なく鳴き声をあげるチッタの体が、異常なほどに軽い。
空気が入っているかのような、その頼りない感触に、
チッタの身におきた恐ろしい異変を感じずにはいられなかった。

悲鳴に近い泣き声で、医師に助けをもとめ、
急遽、点滴を打ってもらう。


「ただの脱水症状だ。これですぐ良くなるよ」
医師の明るい言葉に、ほんの一時胸をなでおろす。



ところが、
家路を急ぎ、自宅に到着したあとも、チッタの具合はまったく回復しない。
チッタは自分の逃げ場所であるトイレの一室へと、倒れるようにヨロヨロ歩き、
隅っこにぐったりと横たわってしまった。

今にも途絶えそうな かぼそい息。
再び、「死」の一文字が頭をよぎり、恐ろしくなる。
診察時間はとっくに終わっていたが、
かかりつけの病院へすぐに電話をした。

病院へ直行し、急患で診てもらう。
尿を搾り取り、検査。
そして、糖尿病末期を示す「ケトン体」が検出された。


医師からチッタの現状を聞かされ愕然とする。
多飲多尿、体重の激変、そして旅行のストレス。
チッタの身に起きたたくさんの異変が、走馬灯のように思い起こされ、
その一つ一つが、「糖尿病」という病へ、どんどん結びついていった。

どうして、もっと早く、わかってやれなかったのか…


チッタは、診察台の上でぐったりしたまま ピクリとも動かず、
そのまま、すぐに入院となってしまった。


入院中、毎日 病院へ通った。
名前が呼ばれるのをひたすら2時間待ち、15分程度の面会時間。

チッタが病院の小さな仕切りの中で、力なく横たわっている。
あんなにツヤツヤだった真っ黒な毛は、
触らなくてもわかるほどパサパサに変化し、
口もとには嘔吐のあとがいつも見られた。


病院への行き来には、神社へ寄ってチッタの回復を繰り返し祈った。
死ぬはずない!きっと大丈夫だ…!そう信じたい気持ちと、
もうダメかもしれない…という思いが、交互に胸をしめつける。


4日目の面会のときのことだった。
それまでの3日間、
何を見ているのかもわからぬような動かぬ目をして
ただじっとしているだけだったチッタが、
私の姿を認め、ゆっくりと静かに長いしっぽを振り上げた。

歩み寄る私をすがるようにみつめ、スクリと立ち上がり、
声にならない声でニャァと鳴いた。
私の顔をのぞきこもうとするのがすぐにも感じ取れる。
弱々しいながらも依然としてかわいらしいチッタの瞳…

私はおでこを近づけ、ごっつんこの挨拶をした。
チッタとの親愛の証、いつも交わしたあの挨拶を。

「早く元気になるんだよぉ…」
私はチッタを抱きしめた。


帰り道、私はかすかな喜びを信じていた。
手を合わせ、空を仰ぎ、
「チッタは良くなってきている。きっと元気になる」
そうつぶやいた。
儚い希望を抱きながら…



その日の夜11時、自宅の電話が不吉に鳴り響いた。
病院からの電話に違いない。

「血液中の○○○という値が下がったままで、このままだと危険です。
 ぶーちゃんの血液が合えば輸血を考えるかもしれません。
 もうしばらく様子を見てみます」
医師の言葉に不安を感じつつも電話を切る。


日付が変わり、深夜2時。再び電話。
「他の医師とも相談した結果、
 輸血による拒絶反応のほうが危険だと判断しました。輸血はしません」

「朝一番に病院に行きます! ぶーは連れて行かなくてもいいんですね?」


…私はなぜ、このとき、すぐに病院へ駆けつけなかったのか。


チッタがどれだけ危険な状態なのか、私はわかっていなかったのだろうか。
輸血撤回を判断した医師の言葉に、
チッタは持ちこたえたのだと、勝手に思い込んだのだろうか。
どちらにせよ、今の私には
このときの自分を、到底 理解することはできない。



それから数時間後、早朝5時。
予想しなかった3度目の電話が鳴った。

医師は小さな声で、それでいてハッキリと
打ち明けるように 私に告げた。
「チッタちゃんが息をしていません…。心電図も止まっています…」


いちばん恐れていたことが、
受話器の向こうで現実となっているらしかった。
頭がグルグルする…
医師の説明も、もうなにも聞き取ることなどできない…

「…これから、…病院に行っても、いいですか」
詰まる声でこれだけ伝え、電話を切った。


背後にいた夫に振り返り、一言、叫んだ。
「チッタが、 死んじゃった…」



急いでタクシーに乗り、明け方の病院へとむかった。


チッタ…  どうして…
昨日、ごっつんこの挨拶をしたばかりじゃないか。  嘘だ…


いつもは診察をうけるペットと飼い主であふれんばかりの病院が
今は誰もいない。
シャッターが下りたままの受付。
病院の中が妙に青白く光って見える。
診察室をノックすると、医師がガチャリと扉を開けた。

病院の冷たい診察台。
白いバスタオルの上にチッタの姿があった。
苦しそうに目を見開き、
何度も嘔吐を繰り返したであろう口もとからは
小さな前歯と舌がわずかに見えた。

この死に顔は、一生忘れることはできない。

「残念です…」
医師は目を伏せ、言った。
この言葉に嘘はないだろう。
彼は充分よくしてくれたと今でもそう思っている。


「チッタは… 何歳ぐらいだったのか、わかりませんか?」
震える声で、私は小さく尋ねた。

「歯の状態から見て、多分、10歳いっていないと思います」

「…まだまだ、もっともっと、生きられたのに…」
チッタの顔をなでてやりながら、涙がこみあげる。

涙でぼやけた 非現実的な光景。
横たわるチッタが、幻のように思える。


「旅行に、連れて行ったせいですか?」
訴えるような私の問いに、医師はどう答えるべきか困っていた。
…こんな質問など無意味なのに。
YesであれNoであれ、チッタはもう帰ってこない。
私の過ちは消えはしない。


帰りのタクシー。
運転手が、「ネコちゃんですかぁ〜?」と気さくに話しかける。
まさか動かぬ我が子を家へ連れ帰るのだとは、彼は思ってもみないだろう。


どうして、一度目の電話のときに、すぐに病院へ駆けつけなかったのか。
どんなにつらい最期であろうと、
せめて、自分の腕のなかで死なせてやりたかった。
悔やんでも悔やみきれない。



無言で自宅に帰りつくと、バスタオルに寝かされたチッタをケージからだしてやった。
苦しそうな死に顔が、まざまざと私の目のなかに飛び込んでくる。
その途端、怒号のように泣き叫んだ。

チッタ! チッタ! チッタ! チッタ! チッタ…! 


チッタは死んでしまったのだという事実を、
もう嫌でも受け入れるしかなかった。



ベッドの枕元にチッタを寝かしてやった。
生前、チッタが好んで横になっていた場所だ。
夏の暑さから、チッタの遺体を少しでも維持するため、
冷房で室内の温度を最大限に下げ、保冷剤で体を冷やした。

「チッタ…  チッタ…
 チッタはいい子だぁ… ずっと私のかわいい子だよぉ…」
そう呼びかけながら、何時間も何時間もチッタの体をなでつづけた。
涙でまともにチッタの顔が見えない。

チッタの体がだんだん硬くなってきた。死後硬直だった。
鼻の穴から、薄い血の混じった液体がわずかに垂れてくる。
脱脂綿を小さくちぎり、ほんの少しだけ詰めてやった。

チッタの見開いた目を、もう閉じさせてやらねばならない。
手でまぶたを下ろしても、なかなかうまくいかない。
わずかに目がまた開いてしまう。
それだけ、苦しい死に方だったのだ…
そう思うと 余計に涙があふれた。


動かなくなったチッタの姿を、ぶーが遠くからじっとみつめている。
息のないチッタの存在にとまどっているようだった。
ぶーは恐る恐るチッタのそばに近寄ると、ウゥーっと小さな声で低くうなった。

「ぶーちゃん、これはチッタなんだよ。もうお別れなんだよ」
いくらそう言い聞かせても、ぶーは何かにおびえているようだった。
ぶーには「死」というものがわからないのだろうか。
動かぬチッタは、ぶーにとって、もはや チッタではないのか。
それともあれは、ぶーなりの悲しさの表れだったのだろうか。



時が止まってしまったかのような長い一日が終わり
朝になった。

いつまでもチッタを自分の枕元に留めておくわけにはいかない。
大きなダンボールにタオルを敷きつめ、チッタをそっと静かにそこへ移す。
好物の鰹節や缶詰、お花を添え、
チッタの腕の中には、ぶーと一緒に3人で撮った写真を抱かせた。

外はものすごい大雨だった。
チッタのお葬式を行うため、夫と義母とともに動物霊園へ向かう。
お寺へ着くと、激しかった雨がピタリと止んだ。

仏堂に漂う 独特の香の匂い。
ろうそくの炎がオレンジ色の光を放ち、
優しい笑みを浮かべた仏像が静かに私をみつめている。

チッタの遺体が入ったダンボールを、仏像の前へと置いた。
一人の尼さんが、厳かに姿を現し
深々と私たちに一礼する。


式が始まり、
木魚の音とともに、お経を読み上げる尼さんの低く深い声が、
堂内に響き渡った。


チッタは死んでしまったのだという思いが、一気にあふれだし
涙が止まらない。




お経のあと、尼さんは言った。

「人は、たくさんの命をもらって生きているのです。
 もらった命の分、
 あなたは一生懸命、生きなければいけません」

この言葉が、今もずっと、胸に残っている。



火葬のときがいよいよ迫り、最後の別れを告げねばならなくなった。
硬くなったチッタのからだを、力いっぱいぎゅっと抱きしめ
「チッタ、チッタ、ずっとずーっと、いつまでも一緒だからね」
声にならない声をふりしぼる。

chitta4.JPG

台にのせられ、火葬炉のなかへと消えていくチッタ。
黒く、重い、鉄の扉が、ギィィィっと鈍い音をたてて閉ざされた。
チッタの名を叫び続ける私の泣き声を、打ち消すかのように。




いつもそばにいたチッタが、もういない。
朝起きるたびに、枕元でニャァと言っていたチッタを思い、涙があふれる。
トイレへ入れば、トイレの隅にいるのが好きだったチッタを思い、涙がこぼれる。

チッタがドアの隙間から ふっと現れるのじゃないか、
チッタの亡くなったあと、しばらくはそんな気がしてならなかった。




あれから3年が過ぎ、夏になれば4回目の命日がくる。

チッタのことを想わない日はない。
今も、 これからも、 いつまでも。



人は、たくさんの死を受け入れ、
たくさんの命をもらって生きている。

私の中に、チッタの命がある。
たくさんの過ちと、たくさんの悔い、
そして、 たくさんの幸せとともに。


より良く生きねば…
常にそう思う。
自分で自分を 越えていかなければ、と。
posted by みこねこ at 22:45| Comment(6) | TrackBack(0) | イラストでねこさま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
チッタちゃんのこと… とっても辛かったですね…
また、もらい泣きしちゃった。。。

もらい泣きしながら、私も愛してやまなかった私の愛犬を思いました。
そして、何度も何度も「ごめんね。」って、そのわんちゃんに言いました…
みこねこさんの悲しい気持や辛い気持が、痛いほど伝わってきます。
大切な者の命が亡くなるということは、
それだけで深い深い苦しみと悲しさで体中が爆発しそうになります。
そこにあったはずの愛しい姿は、こんなにも深くてかけがえのないものだったことを思い知らされます。

でもね、チッタちゃんは、きっと幸せでしたよ。
私は、心からそう思います。
チッタちゃんは、自分の最後の命を振り絞って、
みこねこさんに「さよなら。そして、ありがとう。」って、
言いながらごっつんこの挨拶をしたんだと思います。
それが、チッタちゃんから みこねこさんへの幸せだったことへの
お礼だったように感じました。

みこねこさんの心の中に、チッタちゃんが生きてる限り
ずっとずっと、チッタちゃんは幸せですよ。

私も、大好きだったワンちゃんのこと…
ずっと忘れずに愛していようと思っています。
それが、私の「ごめんんさい。」と、そして「君はずっと大切だよ。」の気持ちです。
それを気付かせてくれた、みこねこさんとりょっぺさんに
こころから、感謝します。
「どうもありがとう。」
長いコメントで、ごめんなさい。
Posted by 月うさぎ at 2006年02月04日 23:42
月うさぎさん、こんばんは。
温かく、優しい言葉を、いち早く私に届けてくれて本当にありがとう。
この記事を書くにあたり、何度泣いたかもうわかりません。
月うさぎさんのコメントを読みながら、
またさらに大泣きしてしまいました。
「生」ある以上、いつか必ず「死」は訪れる。
そうわかってはいても、それを受け入れることは本当に苦しいことです。
月うさぎさんの言うように、体が爆発するくらい、
狂いそうになるくらい、つらい。
私は、「死」というものとこんなに深く向き合ったのはこれが初めてでした。
チッタの死を無駄にしたくない、強くそう思います。
それだけに、日本に残したぶーのことを自分で世話できないことは
本当はとてもつらいのです。
だからこそ、私の代わりに、私以上の愛情をもって、
ぶーの世話をしてくれている家族には本当に感謝しています。

私もチッタのこと、いつまでもいつまでも、
ずっと愛して生きていきます。
今あるものすべてに、感謝の気持ちを忘れぬように。
Posted by みこねこ at 2006年02月05日 00:55
涙…涙。涙があふれる。。。
コロの事を記事にしている時
声出して泣いて、鼻水も止まらなかった。。
嬉しかったり、悲しかったり。
ゴメンねだったり、ありがとうだったり。。
色んな想いが胸の中を駆け巡り…
チッタとのごっつんこ…コロを思い出しました。。最後コロは私に何を伝えたかった
のだろう・・・・・・・・・・・。
白い目で私を見詰め尻尾を振り、何を
私にして欲しかったのだろう。。
10年待ち続けたコロに、何と言えば良かったのだろう…。
ずっと自分を責め続け…そして永遠に
償いきれないのだと…。

言葉でもなく理解でもなく表現でもなく、
ただ命として向き合い
逃げるでもなく、避けるでもなく
コロでも私でもなく・・ただの二つとして
向き合える事ができたなら。。
あの時止まってしまった時間が
また流れてくれるのだろうと信じて…
ただ二つを想い…願っていたいのです。

Posted by りょっぺ at 2006年02月05日 01:47
あぁ、りょっぺさん…
やっと乾いた涙が、またもや あふれ出しました。
りょっぺさんの想いが、自分のことのように、
痛いほどよくわかります。
時が経てば経つほど、愛しければ愛しいほど、
過去の自分が受け入れられなくなります。
ああすればよかった、こうしてやればよかった、
悔やむ思いは果てしなく胸の中で膨らみます。
取り返しがつかないからこそ、コロもチッタももう帰って来ないからこそ、
命をもらった私たちは、前に進むしかありません。
愛した命とともに、一生懸命生きなければ…
そう思います。
そうすれば、止まってしまった時間は
二つの命のなかで、永遠に動き続ける…
私はそう信じます。
Posted by みこねこ at 2006年02月05日 02:25
みこねこさんはじめまして。
りょっぺさんのところからきました。
突然の書き込みお許しください。
チッタちゃんの記事拝見して、コメントせずにいられなくなりました。
記事読んで涙してしましました。
みこねこさんのチッタちゃんへの思い、辛かった時の気持ちがすごく伝わってきました。
でも、チッタちゃんはみこねこさんの心の中でずっと生き続けていると私は思います。

Posted by レイ at 2006年02月05日 20:14
レイさん、はじめまして!
私の想いを最後まで読んでくださり、
こうしてコメントまでいただけて
心からうれしいです。
チッタのために涙してくださって、
本当にありがとうございます。
レイさんの心優しい言葉に私も勇気付けられました。
つらい思いや悲しい思いを共有してもらえるというのは
とても心強いものですね。
またぜひ遊びにきてください。
お待ちしてます!


Posted by みこねこ at 2006年02月05日 23:37
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